中村天風 ほんとうの心の力

 人間の幸いとか、不幸とかいうものは、結果からいえば、生活の情味を味わって生きるか否かによるといえる。貴賎貧富などというものは第二義的のものである。実際いかに唸るほど金があっても、高い地位名誉があっても、生活の情味を味わおうとしない人は、いわあゆる本当の幸福を味わうことは絶対にできない。もっともこういうと中には、現代のようにせちがらい世の中、いささかも面白味を感じることの少ない時代に、生活の中から情味を見出せよということは、ずいぶん無理な注文だと思う人があるかもしれない。  その生活に負わされている負担とか犠牲とかいう方面のみを考えると、およそ人間の生活くらい苦しく、つらく、悩ましいものはないと思われよう。しかしもっと立体的に人生というものは観察すべきである。すると期せずして生活の範囲の広いことと同時にその内容が、ちょうど精巧な織物のように、極めて複雑な色模様でちりばめられていることを直観する。その直感なるものが、生活の中から、相当楽しく、面白く、愉快でスウィートだと思えるものを、かなり量多く見出してくれるのである。だから、われわれは、常に注意深く、日々の自己の生活の中から、できるだけ多分に、情味を味わうように心がけねばならぬ。
 とかく、特に理智階級者は、理論探求を先にして、充分理屈が納得されてからでないと、方法の実行に努力しないという傾向が顕著である。もっともそれなどは、まだよい方で、なかには理論批判だけに没頭して、方法の実行をなそうとしない人さえ往々にある。...
 西哲の言葉にも「自然に従うものは自ずから栄え、自然に背くものは、自ずから亡ぶ」というのがあるが、人間は、あえて非常な苦心をせずとも、自然法則に順応して生きるかぎり、健全な生活を営み得るようにつくられている。...
 何事につけ、今日以後の人生に対する計画、つまり明日どうしよう、今後どうしようということを考えることは非常に必要ですけれど、もっともっと大切なことがあるんだよ。...
 現代の人間たちは、なにか自分が思いたった、考えついた、やってみようかなあという気持ちが出た事柄が長続きしない。長続きしない理由の第一は、思ってはみたものの、考えてはみたものの、やってみたものの、どうもうまくいかないから、「もう俺はあかんわ、駄目や」、こういうふうに思うからいけない。それは理想じゃなく、ただ夢みたいな、うわごとみたいな気持ちを心の中に描いただけだよ。  理想には信念が必要なんです。信念がつかないと、どんな故障が出ようと、文字どおり万難を突破してもその理想の完成成就へと勇往邁進しようとする力が、分裂しちまうんだよ。ところが、信念が出ると、理想の完成成就へと勇往邁進させる力がその心にひとりでにもたらされるというより、ついてくる。  案外、理想もなく生きてる人が多いんだぜ。何か理想があるように自分で思っていても、それは理想になっていない。ただ、ああなったらいいなあ、というような考え方だけしかない。それは理想ではなく、欲望だもの。  人生を日々、極めて有意義に生きようとするのには、常に自分の人生理想を明瞭にその心に描いて、変えないことです。チョコチョコ変えちゃ駄目なんだよ。
 人間は、腹が減ったときに何かうまいものが食えりゃ幸いだと思うし、デパートにでも行って、「ああ、あの着物」と思ったときにすぐ、「買ってやろうか」と買ってもらったら、「ああ、幸福だ」と思うだろう。...
 自然界に存在する人間への掟はまことに厳しい。しかもこれは永久に変わらず、その昔から永遠の将来まで、証として実在している。  真理は峻厳にして侵すべからず。間違った生き方に対する正しい心構えが万一にも用意されないと、たちまち、事実が反省を促します、  その反省を促す事実とはいかにといえば、病なり不運です。...
 「理想」というものは、心理学者はこう言っています。「継続せる組織のある連想」。これをやさしく噛み砕いて言うと、ある組み立てのある考え方がそのまま継続している状態を「理想」と言う。...
 本当の幸福というのは、人生がより良く生きられる状態に自分ですることなんです。自分でしないで、ほかからしてくれることを待ってるかぎりこやしないよ。自分の現在の生活に自分の心がまず満足しなきゃいけないんだよ。...
 天風哲学は、積極性をもって人生に生きよという教えであります。だから「欲を捨てろ」なんて、そんな消極的な、できないことは大嫌いだ、私は。もっと人生は積極性を発揮して、大いに欲望を炎と燃やせと私はあえて言う。それでなければ、本当に偉い人間はできやしないよ。...

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