精神の栄養

 およそ我々の心の中に生ずるいろいろな思い方や考え方、さらにその思い方や考え方をまとめて出来上がる思想や、あるいは一連の観念というものの大部分は、外界から我々の目なり耳なり、あるいはその他の感覚器官を通じて、いつの日か知らずに、心の中に受け入れられたいろいろの印象が、その原因的要素をなしているんです。

 自分の五感、感覚器官から、いつ受け入れたってことは自分は知りゃしない。しかし、その受け入れた事柄が、現在の自分の観念や思想をつくっているんだということに気づかなきゃ駄目なんだぜ。

 つまりは、我々のこうやって生きている間、我々の周囲に存在するありとあらゆる事物、事象というものは、精神に対しての栄養剤なんだということです。ちょうど肉体に対する栄養物と同様です。

 肉体に栄養物を取り入れるとき、第一に必要な準備として、これは食っていいものか悪いものか、栄養になるかならないか、体のためになるかならないか、というようなことを吟味して食べるのが当然だってことは、誰でも常識でわかってますわね。

 それだけ口から肉体に入れる食いものは用心していながら、精神に外界の印象を受け入れるときには、この半分も注意しないで受け入れている人が多かない?