精神統一

 たいていの人が、精神統一ということは、心の前にあらわれた事物事象なり、また仕事などに、他意なく一心不乱に心が注がれる状態をいうのだと考えているようだが、それは大変な間違いである。真の精神統一とは、心の前にあらわれた事物事象その他の事柄を、心のなかに集約集中することなのである。

 考えてみるとすぐわかることだと思うが、心の前にあらわれた事物事象に、一心不乱に心を注いだことが精神統一ならば、何も格別修行の、努力のと苦労する必要もなく、誰でも簡単にでき得るはずである。否、容易に日常実行しているはずである。

 たとえば、何か非常に面白いものを見たり、聞いたりするときとか、目のさめるような美人を見たときは、あえて意識的に一心不乱にならずとも、自然とそうなり得ている。また、神経過敏の人などは、絶えず自分の健康や運命を気遣う気分に一心不乱である。

 しかしこれなどは、どうして精神統一と言うことができよう。すなわち、それは傾注、執着であり、価値なき凝滞放心の姿である。

 精神統一とは、心を心の対応するものに捉わしめるものではなく、心にそれを完全に捕捉することなのである。要するに、傾注と集中とは全然正反対なのである。