肉体は道具

 肉体を自分だと思って人生に生きると、そらもう、人が気づかない恐ろしい影響が余儀なく我々の命の上に働きかける。それは何だと言うと、肉体が自分だと思って生きていくと、命の生きる力が衰えてくるんですよ。だから、まず何をおいても、第一に肉体を自己と思うような間違いは厳格に訂正しなきゃいけませんよ。

 今まではお腹が痛かったりなんかすると、「ああ、私が痛い」とこう思っていただろう。「私が痛い」という思い方を、今度は天風式にこういうふうに考える。お腹が痛いときにだね、第三者のお腹が痛いと同じような気分になってごらん。自分以外の人のお腹が痛いのと同じように「今、俺の命を生かすために使う道具である肉体の腹のところが痛いんだ。私が痛いんじゃない。私が生きるために必要な道具のお腹が痛い」と思えばいいんだよ。

 今までは洋服にほころびができると、あなた方自身にほころびができたように思ってただろブラウスの背中のところに穴があいたとしたら、「あっ、背中に穴があいちゃった」と思う。そうじゃない。それは着ている洋服に穴があいたんだから。繕えばいい。

 というふうに、肉体の客観的に考える余裕をもたなきゃいけないのよ。