なぜ「心」を自由にできないのか

 「何で、万物の霊長たる人間でありながら、その万物の霊長たる人間の特徴ともいうべき”心”を、自分で自由にできないか」

 いま、申し上げたようなことを考えなすったことがありますか。わかり切ったことでわからないことが、これなんですから。

 体は右むけば右むく、左むけば左むくんだが、心は腹立てちゃいけないときに腹が立ったり、心配しちゃいけないときに心配したりする。ちょいと夜、寝際だって寝ることを考えなければ寝られるのに、わかっていても神経過敏な人間は

すぐに知っていることでもって、却って自分自身を迷わせちまうことがあるでしょう。それをあなた方は当たり前だと思っているところに、当たり前ではない間違いがあるんだぜ。

 腹が立つときは腹が立つし、悲しいことがあれば泣くし、つまんないことがあれば失望しちまう。これが人間の心だと思っている。だから「病のときに病を気にするのは当たり前だ。病を気にしなきゃ、そいつは馬鹿だ」と思っている。

 しかし、馬鹿だと思われている奴が本当は利口で、馬鹿だと思う奴が馬鹿だということを知らないだ。私もその仲間だった。

 どうです、いま言ったようなことを考えたことおありですか?