本当の同情

 現代の人々の多くは、自分じゃ気がつかないが、ほかの人の言葉や行いに、批判することなしに、いきなり自分のほうから結びついていくような状態がままあるんです。消極的な他人の言葉や行いに、知らず知らずに同化するつもりがなくて同化させられ、いつしか、自分も同じように哀れな、惨めな人間になってしまうのであります。しかも、そうした恐るべき誘惑が悪意でなく行われているんです。

 第三者の不健康や不運命に対して同情することは、人間として最も尊いことですから、同情はしなければなりません。けれども、ここに注意すべき大きな問題が一つあるのは、同情を乗り越えて、相手と同様に悩んだり、あるいは悲しんだりしている人が往々にあることであります。これはとんでもない誤りというよりも、むしろ滑稽ですよ。なぜ滑稽かというと、一人の人間の不健康、不運命で二人の人間あるいは三人の人間が、そこに同じような哀れな状態をつくる結果がくるからであります。

 そういうときこそ、断然積極的な心持ちで相手の落胆しているのを勇気づけてやったり、失望しているのを鼓舞してやるという気持ちにならなければいけないのです。それが本当の同情をいう心の態度なんですからね。