自分で蒔いた種

 自然界に存在する人間への掟はまことに厳しい。しかもこれは永久に変わらず、その昔から永遠の将来まで、証として実在している。

 真理は峻厳にして侵すべからず。間違った生き方に対する正しい心構えが万一にも用意されないと、たちまち、事実が反省を促します、

 その反省を促す事実とはいかにといえば、病なり不運です。

 どうも現代の文化教養を受けている理知階級は、人生に侵すべかざるコンペンセーション(報償)の法則があるということに対して、正しい自覚をもっていない傾向を私はしばしば事実として感じさせられるんです。

 どんなことであろうと、事の大小は問いません。自分の知る、知らないとを問わない。すべての人生の出来事は偶然に生じたものじゃありません。アクシデントというものは、自己が知る、知らないとを問わず、必ず自己が蒔いた種に花が咲き、実がなったんです。

 「生きる心構え」というものに正しい自覚が、そして反省が、常に油断なく行われていないで生きると、全然自分が気のつかないような悪い種を、健康的にも運命的な方面にも蒔いてしまうんです。