幸せか不幸か

 人間の幸いとか、不幸とかいうものは、結果からいえば、生活の情味を味わって生きるか否かによるといえる。貴賎貧富などというものは第二義的のものである。実際いかに唸るほど金があっても、高い地位名誉があっても、生活の情味を味わおうとしない人は、いわあゆる本当の幸福を味わうことは絶対にできない。もっともこういうと中には、現代のようにせちがらい世の中、いささかも面白味を感じることの少ない時代に、生活の中から情味を見出せよということは、ずいぶん無理な注文だと思う人があるかもしれない。

 その生活に負わされている負担とか犠牲とかいう方面のみを考えると、およそ人間の生活くらい苦しく、つらく、悩ましいものはないと思われよう。しかしもっと立体的に人生というものは観察すべきである。すると期せずして生活の範囲の広いことと同時にその内容が、ちょうど精巧な織物のように、極めて複雑な色模様でちりばめられていることを直観する。その直感なるものが、生活の中から、相当楽しく、面白く、愉快でスウィートだと思えるものを、かなり量多く見出してくれるのである。だから、われわれは、常に注意深く、日々の自己の生活の中から、できるだけ多分に、情味を味わうように心がけねばならぬ。