絶対愛

 悪とは何? と問えば、よくないこと、悪いことであると平然と答える。そしてよくないこと、悪いこととはどんなこと? と問えば、善でないことだ、と答える。しかし、これでは、どこまで行っても、要領を得ない、いわゆるうやむやなこんにゃく問答に終わることになる。

 そこでしからば、善なるものの真意義はといえば、これを哲学的にいうならば、絶対愛の発露された心意、またはその心意を基盤としてなされる行為! ということになる。しこうして、絶対愛とは何らの怨憎嫌忌のない、純真無垢=純一無雑の愛の心情を指していうのである。

 だからもしもわれわれの心情に、ある者、ある事だけには愛の気持ちを感じ得るけれども、事と者によっては、どうしても愛の情を感じないというのは、真の善心の発露とはいえない。たとえば、わがものに愛を感じるが、自分に関係のないものには愛を感じないなどという愛は、偏った愛で、決して絶対愛ではなく、しいていえば相対愛という価値のないものなのである。