倦まず弛まず屈せず

 私がこんな研究しにくい学問を研究したのは、科学の研究と違って、哲学の研究というのは主観断定の論理思索ばかりですから、文献考証もなきゃ、ただもう考えて考えて考え抜いていくだけの努力だ。それを未だに捨てないのは・・・・・・七つのときでした、花合わせの札でもって、小野道風が傘をさして、蛙が柳に飛びついてるところの絵を見て、いつも不思議に考えた。子供だから何だろうと思って。

 それで母に聞いたら、小野道風という人はお公家様なのに、字が下手で、学問がなくて、歌が下手、悔しいけれども、生まれつきできないんだと諦めて、ある日、雨上がりの庭を散歩していると、蛙が柳の葉に何べんも飛びついちゃ落っこって、ばかな蛙だなと見ているうちに、何十回かの後にヒョイと飛びついたのを見て、あっと思った。

 それから一生懸命に、倦まず弛まず屈せず、歌道に精進し、書道に精進して、ついに日本一の人になったっていう話を母に聞かされたことがあるんです。子供心というものはありがたいもんだね。

 こういうことを研究し出した後も、時によると、もう駄目だと思うことが何べんかある。けれど。ヒョイとすぐそれを思い出す。