科学と真理

 現代人は、特に科学一点張りの理知教養をうけた人は、何かの説明をほどこす際、「科学的」という言葉を用いると、やにわにこれを何か絶対真理のように早合点するという傾向が顕著にあるようである。しかし、静かにこれを考査すると、およそ科学的理論考証には二つの区別があるはずである。

 すなわち、絶対真理を説明したものと、いま一方は、こうもあろうという推定仮説に科学的理論思索をほどこして説明したものとの二種類である。前者は、確かに尊敬すべき偉大な知識であるに相違ない。がしかし後者は、ただその説明態度が科学的というだけで、それが果たして絶対真理であるかどうかは、いわゆる未知数のものである。

 ところが、その未知数圏内のものを、「科学的」という言葉に重きを置いて、絶対真理のように思い込むのは、けっして学問に対する真摯の態度とはいえない。現にヘッケルもドリュースも、この種の態度をscientific fraud(科学的迷妄)と呼んでいる。

 すなわち、科学的と言いさえすれば、それを絶対真理のように早合点して、他に真理を求めようとしない誤りを言ったのである。これは、よく理解し、反省に値する教訓であろう。