人あっての自分

 もしも、いささかたりとも、報償を本位とするというがごとき、凡俗同様の卑しむべき心持ちが発生したなら、そのときは「箱根山、駕籠に乗る人担ぐ人、そのまた草鞋を作る人」という古諺を思い出すがよい。さすれば、この世の中に活きるのは、いかに偉くなっても、自分一人で生きられるべきものではなく、人あっての自分、自分あっての人ということが、即座に直感され、その直感が良心に感応すれば、報償を超越した責務感となり、さらに当然の帰結で、その責任感がまごころとなって発露する。