求道

 努力が自己を満足せしめる程度のもので表現もしくは自覚されないと、この方法ではだめだというふうに軽率に判断して、次から次へと他の方法を求めるか、さもなければ、求道という、人間のみ賦与されている尊い心意を、自分の精神領域から知らず知らず除去してしまう。人間万一そうなったら、自己尊厳の冒瀆であるばかりでなく、厳格な意味でいうと、精神的な自己放棄だということになる。

 しかし、ほんとうに、正念を持つ人というものは、決して人生というものをそんな浅い考え方で考えてはいない。」